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2021年7月26日月曜日

 5 珊瑚海海戦 Battle of the Coral Sea

(さんごかい・かいせん)

珊瑚海海戦(さんごかい・かいせん) Battle of the Coral Sea

ドーリットル空襲 Doolittle Raid

ドーリットル空襲 Doolittle Raid

ドーリットル空襲 Doolittle Raid

ドーリットル空襲Doolittle Raidは、1942年(昭和17年)418日に、 航空母艦ホーネットAircraft carrier Hornetから発進した双発爆撃機Twin-engine Bomber B-25ミッチェルNorth American B-25 Mitchell 16機が、太平洋戦争Pacific Warで初めて日本本土Japanese mainland攻撃attackをした一連の空襲air raidである。

ウィリアム・ハルゼー・ジュニア William Halsey Jr. 提督admiral

ヨークタウン級航空母艦Yorktown class aircraft carrier 2隻(エンタープライズEnterpriseホーネットHornet)を基幹とするハルゼーWilliam Halsey Jr.提督admiral指揮下のアメリカ海軍US Navy機動部隊Mobile Unit/Force太平洋Pacific Oceanを横断し、日本列島Japanese archipelago本州Honshu東方海域Eastern watersに到達して行った。

ジミー・ドーリットル James Doolittle 中佐Lieutenant Colonel

ジミー・ドーリットルJames Doolittle中佐Lieutenant Colonel指揮官CommanderとするB-25ミッチェルNorth American B-25 Mitchell 16機は、日本本土Japanese mainland各地(東京横須賀横浜名古屋神戸、等)に空襲air raidを実施し、民間人に被害があった。

空母龍鳳(りゅうほう) Aircraft carrier Ryuho

軍事的な戦果は潜水母艦Submarine tenderから航空母艦Aircraft carrierへ改造中の大鯨(たいげい)(龍鳳(りゅうほう))が直撃弾で損傷、またアメリカ海軍US Navy機動部隊Mobile Unit/Forceの掃討により漁船Fishing vessel改造の特設監視艇隊に被害が出た程度だったが、

日本軍Imperial Japanese Forcesに与えた衝撃impactは極めて大きかった

帝都Imperial capital米軍機U.S. military aircraftをやすやすと侵入Invasionさせたことは、army面子(めんつ)を(つぶ)すlose face結果となり、早急に対策を練らなければならなくなったのである

空母ホーネット Aircraft carrier Hornet

空母ホーネット Aircraft carrier Hornet

空母ホーネット Aircraft carrier Hornet

空母ホーネット Aircraft carrier Hornet

空母ホーネットAircraft carrier Hornetは、アメリカ海軍US Navy航空母艦Aircraft carrier

ヨークタウン級航空母艦Yorktown class aircraft carrier3番艦Third ship

艦名vessel nameスズメバチHornetの英語名に因む。

ミッドウェー海戦Battle of Midwayに繋がるドーリットル空襲Doolittle Raidを行ったドーリットル隊母艦Mother shipとして有名であるが、1942年(昭和17年)10月、南太平洋海戦Battle of the South Pacificにて沈没Sunkした。

B-25ミッチェル North American B-25 Mitchell

B-25ミッチェル North American B-25 Mitchell

アメリカ陸軍航空軍US Army Air Forces

アメリカ海軍US Navy

双発爆撃機Twin-engine Bomber

運用開始Introduction 1941年(昭和16年)

最高速度Top speed 438km/h

乗員Crew 5

操縦士Pilot

航法士navigator爆撃手bombardier

回転銃座銃手ball turret gunner機関士flight engineer

無線士radio operator側面銃手waist gunner

尾部銃手tail gunner

B-25ミッチェル North American B-25 Mitchell

B-25ミッチェルNorth American B-25 Mitchellは、アメリカ合衆国USAノースアメリカン社North American Aviation開発Developmentし、アメリカ陸軍航空軍US Army Air Forcesアメリカ海軍US Navy運用Introductionされた爆撃機Bomber

第二次世界大戦World War IIにおいて各戦場で運用Introductionされた。

ミッチェルMitchell」の愛称Nicknameアメリカ陸軍US Army将校officerウィリアム・ミッチェルWilliam Mitchell准将Brigadier generalにちなむ。

1942年(昭和17年)418日に日本本土Japanese mainlandへの爆撃air raidドーリットル空襲Doolittle Raid)で使用された。

西南太平洋 Southwest Pacific Ocean

FS作戦 Operation FS

FS作戦Operation FSは、ニューカレドニヤ作戦New Caledonia operationフィジー作戦Fiji operationサモア作戦Samoa operationの総号呼称。

米豪分断US-Australia divisionのためにフィジーFijiサモアSamoa方面への進攻を計画。

米豪遮断US-Australia interceptionによってオーストラリアAustralia脱落omissionを促進しようというものだった。

ソロモン諸島の戦い Solomon Islands campaign

第一段作戦(だいいちだん・さくせん)First stage operation南方作戦(なんぽう・さくせん)Southern campaign)の終了後、日本軍Imperial Japanese Forces第二段作戦(だいにだん・さくせん)Second stage operationとして、アメリカUnited StatesオーストラリアAustraliaの間のシーレーンSea lines of communication遮断interceptionオーストラリアAustraliaを孤立させる「米豪遮断作戦Cut the supply and communication lines between Australia and the United States」(FS作戦Operation FS)を構想した。

この阻止を目論む連合軍Allied forcesとの間でソロモン諸島の戦いSolomon Islands campaignニューギニアの戦いNew Guinea campaignが開始されると、この地域で足止めされた日本軍Imperial Japanese Forcesは、戦争資源War resourcesを消耗していくことになる。

MO作戦

MO作戦 Operation Mo

モ号作戦 Operation Mo

MO作戦Operation Moとは、太平洋戦争Pacific War中に日本軍Imperial Japanese Forcesが計画したポートモレスビー攻略seize Port Moresby作戦Operation

別名は「モ号作戦Operation Mo」。

ラバウル占領Battle of Rabaul後の1942年(昭和17年)130日、連合艦隊Combined Fleetは、3月にラエLaeサラモアSalamaua4月にツラギTulagiポートモレスビーPort Moresby攻略seizureするように計画した。

1942年(昭和17年)310日、米機動部隊U.S. Mobile Task ForceラエLaeサラモアSalamaua来襲Invasionし、日本Imperial Japan攻略部隊invasion forces艦船war vessels大損害heavy lossを受け、ポートモレスビー攻略seize Port Moresby作戦Operationはおおむね一か月以上延期せざるを得なくなった。

珊瑚海海戦(さんごかい・かいせん) Battle of the Coral Sea

珊瑚海海戦 Battle of the Coral Sea

(さんごかい・かいせん)

大東亜戦争Greater East Asia War太平洋戦争Pacific War)中の1942年(昭和17年)5月上旬、MO作戦Operation Mo中に日本海軍Imperial Japanese Navy連合国軍Allied forcesアメリカ合衆国USAオーストラリアAustralia)の間で発生した戦闘Battle

ポートモレスビーPort Moresby攻略captureを目指して珊瑚海Coral Seaに進出する日本軍Imperial Japanese Forcesの計画を知った連合国軍Allied forcesが先に進出し、空母機Carrier-based aircraft日本Imperial Japan攻略部隊invasion forces空襲Air attackしたため、日本海軍Imperial Japanese Navy空母aircraft carrier機動部隊Mobile Unit/Force敵空母Enemy aircraft carrierを捕捉しようとして発生した。

珊瑚海海戦(さんごかい・かいせん) Battle of the Coral Sea

駆逐艦シムス Destroyer Sims アメリカ海軍US Navy

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea沈没Sunk

空母祥鳳(しょうほう) Aircraft carrier Shoho 軽空母Light aircraft carrier

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea沈没Sunk

珊瑚海海戦(さんごかい・かいせん) Battle of the Coral Sea

チェスター・ニミッツ Chester Nimitz

アメリカ太平洋艦隊司令長官 Commander in Chief, United States Pacific Fleet

珊瑚海海戦(さんごかい・かいせん) Battle of the Coral Sea

空母レキシントン Aircraft carrier Lexington

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea沈没Sunk

空母ヨークタウン Aircraft carrier Yorktown アメリカ海軍US Navy

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea損傷damage

珊瑚海海戦(さんごかい・かいせん) Battle of the Coral Sea

空母瑞鶴(ずいかく) Aircraft carrier Zuikaku

空母翔鶴(しょうかく) Aircraft carrier Shokaku

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea損傷damage

駆逐艦菊月(きくづき) Destroyer Kikuzuki

睦月型駆逐艦Mutsuki-class destroyers

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea沈没Sunk


1942年(昭和17年)58日の戦闘Battleでは、米空母US aircraft carrier 2隻(レキシントンLexingtonヨークタウンYorktown)と日本海軍Imperial Japanese Navy空母aircraft carrier 2隻(瑞鶴(ずいかく)、翔鶴(しょうかく))が攻撃attackを交わした。

この海戦Naval Battleは対抗する両艦隊Both fleetsが互いに相手のshipを視界内に入れずに行われた、歴史上最初の海戦Naval Battleとなった。


空母祥鳳(しょうほう) Aircraft carrier Shoho 軽空母Light aircraft carrier

空母祥鳳(しょうほう) Aircraft carrier Shoho 軽空母Light aircraft carrier

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea沈没Sunk


この海戦Naval battle大型空母レキシントンLarge Aircraft carrier Lexingtonを失ったアメリカ軍US Armed Forcesに対し、日本軍Imperial Japanese Forces小型空母祥鳳Light Aircraft carrier Shohoを失い、翔鶴(しょうかく)Aircraft carrier Shokaku損傷damageした。

この結果、海路Sea routeからのポートモレスビー攻略作戦Kokoda Track campaignを断念した日本軍Imperial Japanese Forces陸路Land routeからの作戦に切り替えたものの、山脈越えCrossing the mountains難行軍hard marchにより補給が途絶えてポートモレスビー攻略作戦Kokoda Track campaignは失敗する。


空母翔鶴(しょうかく) Aircraft carrier Shokaku

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea損傷damage


連合軍Allied forces損害loss空母aircraft carrier 1隻に対し、日本軍Imperial Japanese Forces損害loss軽空母Light Aircraft carrier 1隻と戦術的には日本海軍Imperial Japanese Navy勝利victoryに終わったが、日本Imperial Japanese機動部隊Mobile Unit/Force艦載機Carrier-based aircraft操縦士Pilotを多数消耗し、日本海軍Imperial Japanese Navyはこの後の作戦続行が不可能としてポートモレスビーPort Moresby攻略captureを断念した。


駆逐艦シムス Destroyer Sims アメリカ海軍US Navy

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea沈没Sunk


さらに日本海軍Imperial Japanese Navyはこの海戦Naval Battle損傷damageした空母aircraft carrierを後のミッドウェー海戦Battle of Midway復帰Returnさせることが出来なかったのに対し、連合軍Allied forces空母aircraft carrierミッドウェー海戦Battle of Midway復帰Returnさせることが出来たので、この空母aircraft carrier戦線復帰Return to the frontミッドウェー海戦Battle of Midwayにおける勝利victoryを左右した


空母ヨークタウン Aircraft carrier Yorktown アメリカ海軍US Navy

空母ヨークタウン Aircraft carrier Yorktown アメリカ海軍US Navy

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea損傷damage

空母レキシントン Aircraft carrier Lexington


空母レキシントン Aircraft carrier Lexington

レキシントンCV-2 Aircraft carrier Lexington CV-2

アメリカ海軍US Navy

レキシントン級航空母艦Lexington-class aircraft carriers 1番艦Lead ship

就役In service 1927年(昭和2年)1214

全長Length 270.66m

排水量Displacement 36,000metric tons

最大速力Top speed 33.25knots61.6km/h

乗員数Complement 2,791

搭載機数Aircraft carried 78

空母レキシントンAircraft carrier Lexingtonは、アメリカ海軍US Navy航空母艦Aircraft carrier

レキシントン級航空母艦Lexington-class aircraft carriersネームシップName ship

艦名ship nameは、アメリカ独立戦争American War of Independence時のレキシントン・コンコードの戦いBattles of Lexington and Concordに由来する。

空母の女王Qeen of the Flat-tops」、「レディ・レックスLady Lex」、「グレイ・レディGray Lady」の愛称Nicknameで呼ばれた。

1941年(昭和16年)128日の真珠湾攻撃Attack on Pearl Harbor時、空母レキシントンAircraft carrier Lexingtonミッドウェー島Midway Islands航空機fighter aircraft輸送ferryingする任務についていた。

以降の太平洋戦争Pacific Warでは、まずハワイHawaii周辺の哨戒や作戦に従事する。

1942年(昭和17年)2月よりウィルソン・ブラウンWilson Brown提督Admiralが指揮する11任務部隊Task Force 11の中核として南太平洋South Pacific珊瑚海Coral Seaで活動し、2月下旬のニューギニア沖海戦Action off Bougainvilleに参加、ラバウル航空隊Rabaul Air Corpsと交戦する。

つづいて17任務部隊Task Force 17空母ヨークタウンAircraft carrier Yorktownと共にラエ・サラモアへの空襲Invasion of Salamaua–Laeを実施した(東部ニューギニアの戦いNew Guinea Campaign)。

空母レキシントン Aircraft carrier Lexington

フランク・J・フレッチャー Frank Jack Fletcher 提督Admiral


1942年(昭和17年)5月上旬、日本軍Imperial Japanese Forcesポートモレスビー攻略作戦Kokoda Track campaignMO作戦Operation Mo)を阻止するため、フランク・J・フレッチャーFrank Jack Fletcher提督Admiral17任務部隊Task Force 17ヨークタウンYorktownほか)とオーブリー・フィッチAubrey Fitch提督Admiral11任務部隊Task Force 11レキシントンLexingtonほか)は珊瑚海Coral Seaに進出する(珊瑚海海戦Battle of the Coral Sea)。

1942年(昭和17年)57日、空母ヨークタウンAircraft carrier Yorktown空母レキシントンAircraft carrier Lexington攻撃隊attack forces軽空母祥鳳(しょうほう)Light aircraft carrier Shoho撃沈attack and sinkした


空母レキシントン Aircraft carrier Lexington


58日、MO作戦Operation Mo機動部隊Mobile Unit/Force第五航空戦隊Fifth Carrier Division空母瑞鶴(ずいかく)Aircraft carrier Zuikaku空母翔鶴(しょうかく)Aircraft carrier Shokaku艦上機Carrier-borne aircraftによる空襲Airstrikeを受け、空母ヨークタウンAircraft carrier Yorktown爆弾bomb 1発が命中、空母レキシントンAircraft carrier Lexington爆弾bomb 2発と魚雷torpedo 2本が命中する。

空母レキシントンAircraft carrier Lexington応急修理Emergency repairに努めたが、気化燃料が爆発して大火災conflagrationとなり、駆逐艦フェルプスDestroyer Phelpsにより雷撃torpedo attack処分された

 

レキシントン級航空母艦Lexington-class aircraft carriers

1番艦Lead ship 空母レキシントンAircraft carrier Lexington

2番艦Second ship 空母サラトガAircraft carrier Saratoga


駆逐艦フェルプス Destroyer Phelps アメリカ海軍US Navy

1942年(昭和17年)57日、珊瑚海海戦Battle of the Coral Seaで、空母レキシントンAircraft carrier Lexington雷撃torpedo attack処分した。


SBDドーントレス Douglas SBD Dauntless アメリカ海軍US Navy

SBDドーントレス Douglas SBD Dauntless

1942年(昭和17年)5月、珊瑚海海戦Battle of the Coral Seaアメリカ海軍US Navyは初めてSBDドーントレスDouglas SBD Dauntlessを使用した。

SBD-3は、共同で運用された雷撃機Torpedo bomber TBDデヴァステイターDouglas TBD Devastatorの性能が貧弱で、日本艦隊Imperial Japanese Fleetに有効な打撃を与えられない中、空母祥鳳Aircraft carrier Shoho撃沈attack and sinkし、空母翔鶴Aircraft carrier Shokaku中破half damageさせた


TBDデヴァステイター Douglas TBD Devastator アメリカ海軍US Navy

TBDデヴァステイター Douglas TBD Devastator アメリカ海軍US Navy















































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